PROFILE
デービッドヒックスの世界は、英国の伝統の中で培われた決して妥協を許さない実直な精神を基本に、普遍的な存在感を備えたオーセンティックな英国スタイルを原点としています。
デービッドヒックスは変化を恐れない独創性を基本とし、普遍的な存在感を備えた進化し続けるブランドとして、モダンブリティッシュスタイルを提案します。
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デービッドは、1929年3月25日英国エセックスに生まれ、世界で一番大きな芸術・デザイン系の教育機関と言われるロンドン芸術大学の全身「セントラル・スクール・オブ・アーツ・アンド・クラフト」で学び、インテリアデザイナーとして身を立てる決意を固めていきます。
1957年自宅の内装を全面改装し公表した際、世界的に有名なインテリア専門誌「House & Garden」が、”有望新人登場”と讃えると共に、編集長から著名人の紹介を受けクライアントを獲得して行きました。
1960年デービッド31歳の時、インド提督として「名誉ある撤退」をなしとげたヴィクトリア女王の曾孫マウントバッテン伯爵の次女レディー・パメラと結婚。
王室との関係を深めることで地位と名声を築き上げ、上流階級のクライアントを世界中に広げて行きました。
1929 | ロンドン郊外のエセックスにて生まれる。 |
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1946 | 「House &Garden」の創刊号に触れインテリアデザイナーを志し、ロンドン市立中央美術工芸学校(The Central School of Art and Design:4年制大学)へ進学。 |
1951 | デザイン研究の為にヨーロッパ各地を視察。 |
1954 | 25歳。Eatonの自宅内装をデザインして公表、「House & Garden」誌が激賞。 インテリアデザイナーとしてデビュー。 |
1956 | ロンドンに室内装飾店「ヒックス&パーラー」設立。 |
1956 | ヴィダル・サスーンの新居など有名人のインテリアをデザイン。 |
1959 | DAVID HICKS社設立 |
1960 | 31歳。パメラと結婚、英国王室の一員となる。 |
1961 | Britwellの館を改装して公表する。ヘレナ・ルビンシュタイン邸のインテリアデザインなどを手がける。 幾何学模様の絨毯(Geometric Design Carpet)を開発。 |
1963 | インテリアファブリックのデザインを開発する。 |
1968 | J.P Stevens社(米国大手繊維企業)と提携。タオル・シーツなどにHロゴパターンを採用して大ヒット。 |
1969 | パリとアテネにインテリアショップをオープン。 |
1972 | 米国インテリアデザイナー協会名誉会員で議長に就任。 米国ナショナルホーム・ファッション連盟最優秀賞受賞。 |
1974 | 片倉工業株式会社とライセンス契約を開始。 |
1977 | BMW社、バリー社と提携。 |
1978 | ロンドン・ジャーミンストリートに総合ショールームを新たに開設。 |
1979 | 50歳。「David Hicks Living with Design」が出版される。 |
1980 | 川奈ホテルのスイートルームをデザイン。 |
1982 | アパレルデザインに進出、婦人服を発表。 |
1984 | 英国紳士服小売店協会よりベストドレッサー表彰される。 |
1986 | 森英恵のニューヨークにあるマンションのインテリアデザインを手がける。 |
1988 | ホテルオークラの本館・別館のスイートルームをデザイン。 |
1989 | ホテルオークラ神戸のスイートルームをデザイン。 |
1990 | ロンドンのホテルコンラッド・チェルシーハーバーのインテリアをデザイン。 |
1991 | インテリアコーディネート会社「DH Project 60 Ltd.」設立。 「ショーメ」のジュエリーコレクションを発表。 |
1994 | オークラ・アクト・シティー・ホテル浜松のインテリアをデザイン。 |
1996 | パリ・ホテル・ル・サント・ブーヴの内装を手掛ける。 |
1997 | ロンドン・カナリーリバーサイド・カナリーワーフのマンション(320世帯)のインテリアをデザイン。 |
1998 | 息子アシュレーに事業を引き継ぎ、69歳で他界。 |
2000 | デービッド・ヒックス1970リミテッド設立。 |
2002 | デービッド・ヒックスの自伝となる書籍「DAVID HICKS : DESIGNER」にトム・フォードが序文をよせ、イギリスで発刊される。 |